こんにちは! OSAMUです! 楽しく英語ライフしてますか?
今回は、「英語の間違い」についてのマインド論を書いてみたいと思います!
英語の【間違い】に悩んだ若きOSAMUでした
英語を学んでいると、英語の間違いはつきものです。
特に私は、英語をほとんど日本で身につけましたから、ノンネイティブらしい英語の間違いには、いつも頭を悩ませていました。
若いころは、英会話が必要な職場にもともといましたので、英語を話すたびに、自分の英語の間違いが気になって仕方がありませんでした。
その頃の私は、まさに「ネイティブ並みの英語力」に憧れ、それを身につけたいと躍起になっていた頃でした。
毎回仕事のたびに、「あそこはああいえばよかった」とか、「なんであんな英語の間違いをしたんだろう」と、その日に自分が使った英語表現を思い出してはガックリきていました。

もう、「なんでそんな間違いするんだよ! バカ!」って、自分を殴りつけてやりたい気さえしたものです。
その呪縛から抜け出せたのは、40代に入ってからでしょうか。
英語とは関係ない仕事を自営で始め、一時、英語から離れたんですね。
もう、「英語ネイティブ並み」なんてどうでもいいや、って思ったんです。
それよりもなによりも、子どもを抱えて、家族を食わせるのに必死でした。

なので、英語のことなど考えていられなかったのが実情でした。
自分でも驚きでした。
あれだけ執着してたのに、いともあっさりと執着を捨てられたからです。
ですが、そうやって余計な執着を捨てた私の英語が、その後に手掛けることになる海外向けのビジネスで、大いに役立つことになるとは、私自身、予想もしませんでした。
【英語を間違える】ことが、そんなに悪いのか
今振り返ってみて思うのは、「英語を間違いることが、そんなに悪いことなのか?」ということです。
というのも、日本語の英語学習関連サイトなどには、「こういう間違いは恥ずかしい!」とか、「こういうのはNG!」とか、「ダメ!!」みたいなネガティブな文言を、いまだによく見かけるからです。
その発想自体がそもそも英語的じゃないなって私は思うんですよね。
あ、ちなみにですが、私は英語に関しては、日本語のサイトは基本、一切見ません。

「英語はネイティブを訪ねよ」が私の座右の銘(?)でして、日本語ソースの情報は、ほぼカットです。
理由は以下です。
- 日本語ソースの英語情報は、間違いも多い
- 英語を日本語の発想で解釈してしまっていると、それは英語でなく、日本語である
- ネガティブな文言が多く、精神的に疲れる(目の毒である場合が多い)。
以前も記事にしましたが、私の海外向けビジネスでは、顧客は英語ネイティブとは限りません。
南米や東南アジアの人もいます。
ヨーロッパの非英語国の人たちもいます。
彼らノンネイティブの英語を見てつくづく感じたのは、
なんだ、日本人と同じ間違いしてるじゃん
でした。
冠詞(articles)の使い方が間違っていたり、文法が間違ってたり、日本語ソースの英語学習情報によると、絶対に間違ってはいけないとされる discuss about(discuss は他動詞もあるので、about は要らない)なども、平気で出てきます。

中には、”I is …” に近いような間違いさえ頻繁にあります。
でも、彼らはそんな英語で私が提供するサービスを利用してくれるし、リプライを送ってくれるし、それでコミュニケートしてなにも問題ないわけです。
東南アジアのある国のユーザーさんなどは、「私は英語が下手でごめんね」のように書いてきますが、コミュニケーションにまるで支障はないです。
さすがに、ノンネイティブからの、ちょっと意味不明な英語メッセージもあるので、「?」となるときはあります。
でも、全体を見ると、ちゃんといいたいことが伝わるので、それで問題ないのです。
実際、文法が間違いだらけでも、ちゃんと意味が通じますし、お互いにわかりあえる度合いとしては、むしろ私が日本人同士で日本語でコミュニケートするよりも上のようにさえ感じます。
なので、「英語の間違いって、いうほど深刻なことなのかね」と私は思ってしまうわけです。
もちろん、正確な(correct/accurate)英語を身につけようとする姿勢は必要ですし、特にビジネスでは、数字の正確さや、あとから「いった・いわない」にならないような配慮は必要です。
でも、みんながビジネスやるわけじゃないし、英語通訳者や英語翻訳者や英語教師になるわけじゃないですよね。

まるで学習者を委縮させるのが目的のような、「これはNG!」の連呼には、正直学習者にやる気をなくさせる(demotivating)のではと思います。
ビジネスの例【やらなければ間違いもない・失敗もない】
もうひとつ、ビジネスから例を挙げますね。
自分でビジネスをやってると、うまくいかないことも多いです。
そんなにスンナリとなんでもうまくいったら、ビジネスで誰も苦労しません。
「失敗」とまではいかなくても、なにかやり方がマズくて、思ったような成果が上がらないなどは日常茶飯事です。
どこをどうすればうまくいくのかを、常に考えて実践していくのがビジネスともいえると思います。
なにかしくじったときに、「それみたことか」「そんなことやったって、やっぱりうまくいくはずないんだよ」のような外野の声が聞こえてくることがあります。

別に気にしませんが・・・。
これらの声の主に共通するものがあるんですが、なにかおわかりになりますか?
それは、
自分でビジネスやったことのない人たち
の外野の声という共通点です。
やらなければ、間違いもないし、失敗もないんですよね、当たり前のことですけど。
なので、アレコレ批評もできるわけです。
これ、プロスポーツの観戦者と同じですね。
私は空手をやる人間(一応初段です)ですが、格闘技には、「観る側」と「やる側」っていう概念があったりします。
つまり、あくまでも試合を観て楽しむ人たちと、実際に試合場や道場に立つ側になる人たちとです。
いっておきますが、これはどっちがいい悪いの話ではないです。

観戦者は、好きなように試合を批評できますよね。でも、実際に試合場に立ったら、1分もその場に立っていられないのが現実なんです。
ビジネスでも同じだと思います。
人がやったビジネスの結果を云々する人は多いんです。
でも、実際に自分でビジネスやる人は少ないんですよね。
ビジネスやらないのが悪いっていってるんじゃないです。
ただ、
いうなら、自分でやってからいえ
と思ってしまうのは、正直なところです。
そう、やらなければ間違いもしないし、失敗もないんです。
あなたが英語を間違いるのも、英語をやってるからこそなんですよね。

「当り前じゃないか」と思うかもしれないですが、ここの捉え方を間違わないようにしたほうがいい、というのが、長らく英語を学んできた私が、個人的に思うことなんです。
まずは【やっている自分】を褒めよう!
私がいいたいのは、
英語をやってるからこそ間違う
ということ。
そして、提案したいのは、
まずは、「英語をやっている自分」を、思いっきり褒めてあげよう!
っていうことです。
間違いというのは、【実践しているからこそ】間違いるんです。
だから、まずは【実践している自分】を自分が評価しよう!ということです。

「いうほどやってない」?
ハッキリいいますけど、そんな風に思う必要って、全然ないですよ。
またもやビジネスの例ですが、私はビジネスを自分でやって、1円でも稼いだ人を評価します。
「たった1円か」じゃないんです。
1円も自分だけの力で稼げない人の方が、はるかに多いのです。
あなたの周りにどれだけいますか?
自分だけの力で、人に雇われずに、1円でも稼いだ人って。

くどいですけど、自分でビジネスやなないようじゃダメだとかいう話をしているのではありません。
ただ事実を述べているだけです。
ビジネスを「実践」したからこそ、1円でも稼げたわけですよね?
英語も同じだと思います。
単語を一つでも覚えた。
センテンスを一つでも覚えた。
それだけだって、みんなができることじゃないんですよ。
やらない人はやらないです。
やらないのが悪いという話でなく、事実としてです。
あなたが英語を間違いたのは、実践したからこそなんですよね。
だったら、まずは「英語を実践している自分」に着目して、「すごいぞ、自分♪」って褒めてあげて、なにが悪いんでしょうか?

私はそう思うんですよね。
私も長らく日本人やってきて思うのですが、日本人はメンタリティーがネガティブすぎると思います。
常に「足りない自分」を見る癖がついてしまっているように、私には見受けられます。
これが、あらゆるスキル習得の足を引っ張り、ひいては社会全体の生産性までも低下させているように思うのは、私だけでしょうか。
そうでなくて、「自分がすでに持っているもの」に着目したほうが、モチベーションも上がるし、学習効果も上がると、自分の英語学習体験から思います。
これは、英語に限らず、なにかのスキルを習得するうえで、とても大切な考え方だと私は思っています。
「豊かさは、豊かさにやってくる」。
これが、あらゆるものの法則性だと私は思っています。
では、今回は以上です。

Let’s have fun with English!
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