【英語学習マインド】自分を表現でき、相手を尊重できる英語を身につけよう!

こんにちは! OSAMUです! 楽しく英語ライフしてますか?

前回は、「リスペクト」のことをお話ししました。

 

【英語学習マインド】国際人・英語学習者なら身につけたい相手へのリスペクト
こんにちは! OSAMUです! 楽しく英語ライフしてますか? 私は海外向けのビジネスもおこなっていますが、その関係でSNSも海外向けに使ったりします。 今回は、その中でのお話です。 海外Facebook...

 

今回は、それに関連するマインドのお話です!

 

英語「を」でなく、英語「で」

私は現在LHF英語倶楽部を主宰して英語をお教えする立場でもありますが、本業はWEBビジネスで、海外向けをメインにしています。

 

英文科の学生時代から英語は好きでしたし熱心に学んでいましたが、進路には迷いました。

英文科には教職課程をとって、教員を目指す人たちも少なくありませんでした。

でも、私はなんだかその気にはならなかったんです。

 

それは、英語「を」よりも、英語「で」だったからです。

どういうことかというと、例えば「英語を教える」よりも、「英語でなにかをやる」方が、私には魅力的に思えたからです。

 

 

OSAMU
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これは、英語「を」には価値がないといっているのではありません。

あくまでも、私個人には響かなかったのです。

 

 

その後の苦労を思うと、素直に英語「を」教える仕事もアリだったかなとは思うのですが、こっちの道を選んだことに後悔はありません。

英語「を」か、英語「で」か。

これは英語学習者には、悩む人も少なからずいるのではないでしょうか。

 

私のアドバイスとしては、損か得かで考えないことだと思います。

それよりも、自分は本当はどっちをやりたいのか、どっちが好きかを大事にしてみては、と思うのです。

 

英語で発信できる人間

そんな私が、今にして、大事だなと思えることがあります。

それは、

英語で発信できる人間

ということです。

これが、私自身が目指してきたものなんだっていうことを、改めて思います。

 

結局、英語学習のキモって、それじゃないかなと思えるんですね。

 

Learners of Englishの中には、TOEFLやTOEICなど、いわゆる資格試験に熱心な人たちも多いです。

それはそれで、とてもいいことだと思います。

 

OSAMU
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ただ、それが最終目標になってしまうのは、本末転倒(put the cart before the horse)ではないかという気がするのです。

 

言語というものは、平たくいえば、コミュニケーションのためのツールです。

つまりは、相手あってのものです。

その相手に対して「発信」をしていく。

それがコミュニケーション・ツールとしての言語の本質であり目的だと私は解しています。

 

資格試験で実力を試すのは、とてもいいことだと思います。

ただ、上記のような本質を欠いた、ただ高得点をものにするだけのための資格試験に、私個人はあまり価値を見出せません。

 

OSAMU
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ただし、何度もいうように、これは私がそう思うというだけのことで、別な考えがあってよいのです。

 

私は武道(空手黒帯)をたしなみますが、たとえば武道でも、実戦的な試合形式の稽古もあれば、「型」の優美さを競う、というようなアプローチもあります。

ですので、どれがいい悪いの話ではありません。

 

「自分の身を守る」のが空手ですが、英語は相手と握手するためのものだと私は考えます。

本当に相手とガッチリと握手できるための英語を身につけたいと私は思うのです。

 

OSAMU
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こういった理由で、私は「英語で発信できる」実力に、最も価値を置きたいと思うのです。

 

相手と握手するには

相手と握手をすると書きましたが、握手するにはむろん相手がいります。

それとともにもうひとつ大切な要素があると私は思います。

それは、

相手への敬意

です。

 

英語で発信できるというのは、

英語で自分自身を表現できる

ということと同義だと思います。

 

そうあってこその英語だと思うのですが、もうひとつの大切な要素は、相手への敬意をもつことだと私には思えるのです。

つまりは、

自分を表現でき、相手を尊重できる英語

こそが、私たちノンネイティブが身につけるべき英語ではないかと個人的には思うわけです。

そしてそれは、私が主催するLHFの理念でもあるのです。

 

1円でもいいから英語「で」稼げる力

ついでにいえば、私が評価する英語力は、資格試験で高得点な英語力やネイティブ並みのペラペラ英語の英語力ではありません。

私が評価するのは、

1円でもいいから英語「で」稼げる英語力です。

 

海外相手の物販でもなんでもいいのです。

たとえ英語が拙くても、ちゃんとコミュニケートできて、ちゃんと対価を得られる英語力というのは、十分に評価に値すると私は思います。

 

OSAMU
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むしろ、高価な骨董の置物のような英語よりも、ふだん使いの茶碗のような英語を、私は評価します。

 

これも、私の価値観では、という話であって、「そうじゃなきゃダメ」という話ではありません。

資格試験で高得点を目指すのもよいですし、ネイティブ並みの英語を目指すのがよいのと同様に、英語で1円でもいいから稼げる英語力を目指すのもよいことだと思います。

 

これは英語でなくても何でも言えることだと思いますが、自分に合った方向を進むことが一番大事だし、効果的なのではと思います。

 

今回は、以上です。

 

OSAMU
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Let’s have fun with English!

 

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